洞爺丸台風とは?1954年9月26日、函館の暴風が長引いた理由をデータで検証|進路タイムラプスつき

気象

こんにちは!気象予報士ののぶやんです。

9月26日は、1954年(昭和29年)に洞爺丸台風が北海道を襲い、函館港を出た青函連絡船「洞爺丸」が転覆した日です。2026年でちょうど72年になります。この台風は26日2時ごろ鹿児島県に上陸すると、九州を北東へ進み、中国地方を時速100kmで横断して日本海へ出てからも発達を続けました。そして夜には北海道の寿都(すっつ)沖で最も強くなり、函館では南寄りの暴風が夜遅くまで吹き続けました。

被害は、死者1,361名、行方不明者400名、負傷者1,601名、住家全壊8,396棟(消防白書による)。洞爺丸だけで乗員乗客1,139名が亡くなり(気象庁の資料)、ほかの青函連絡船4隻も同じ夜に遭難しました。北海道の岩内町では強風のなかで大火が起き、3,300戸が焼けています。私は気象庁で働いていたころ、この台風の話を「予報と防災の原点のひとつ」として何度も聞きました。

この記事では、気象庁の「災害をもたらした気象事例」に載っている6時間ごとの位置表と、全国130地点の観測記録を自分で計算し直して、「なぜ函館の風はあれほど長く続いたのか」をデータで確かめます。進路をコマ送りで見られるタイムラプスと、自分の街でそのとき何が起きていたかを調べられるツールも用意しました。

最終更新:2026年9月26日(気象庁『災害をもたらした気象事例 洞爺丸台風』の位置表・観測表に基づく)

この記事の結論(30秒で読める版)
  1. 洞爺丸台風は、上陸から約22時間で日本列島を縦断した「速い台風」。26日9時→15時の6時間で約633km(時速約105km)も進みました。
  2. ところが北海道の西で急にブレーキ。15時→21時は約220km(時速約37km)に減速し、そのあいだも中心気圧は964→960→956hPaと下がり続けました。最盛期は26日21時、寿都沖です。
  3. だから函館の暴風が長引いた。位置表を1時間ごとに補間すると、中心が函館から200km以内にあったのは26日15時ごろから23時ごろまでの約8時間。函館の最大瞬間風速は41.3m/s(南)でした。
  4. 暴風は全国に及んだ。最大瞬間風速は室蘭55.0m/s、宿毛54.8m/s、寿都53.2m/s、屋久島51.0m/s。記録のある126地点のうち68地点で30m/s以上、16地点で40m/s以上でした。
  5. 教訓は今も同じ。「風がやんだ=台風の目が通った」とは限らず、日本海を北上する台風は温帯低気圧の性質を帯びても危険。警報が解除されるまで油断しないことです。
  1. 洞爺丸台風とは?いつ・どこを通り、被害はどれくらいだったか
  2. 進路タイムラプス:洞爺丸台風はどこを通った?
  3. 地点を選ぶと洞爺丸台風のときの記録がわかる
  4. 図解:なぜ日本海で発達し、なぜ函館の風が長引いたのか
  5. データ検証:位置表と観測表から計算する
    1. 6時間ごとの位置・中心気圧・速度
    2. 最大瞬間風速のランキング
    3. 北海道20地点の記録
    4. 気圧が最も下がった時刻は南西から北東へ
  6. サイト内のツールで北海道の台風を調べる
  7. 洞爺丸事故はなぜ起きた?その夜の時系列と教訓
    1. 「台風の目」と誤認された晴れ間
    2. 5隻の青函連絡船
    3. 岩内大火:強風の中の火災
    4. その後:青函トンネルと「気象庁が名付けた台風」
  8. 今の防災に生かす4つのポイント
  9. よくある質問(FAQ)
    1. Q1. 洞爺丸台風とはどんな台風ですか?
    2. Q2. 洞爺丸事故はいつ起きましたか?
    3. Q3. 洞爺丸事故では何人が亡くなりましたか?
    4. Q4. なぜ「台風の目」と間違えられたのですか?
    5. Q5. 洞爺丸はなぜ沈んだのですか?
    6. Q6. 洞爺丸事故の生存者は何人ですか?
    7. Q7. 洞爺丸台風の最大瞬間風速はどのくらいでしたか?
    8. Q8. なぜ日本海で発達したのですか?
    9. Q9. 台風が温帯低気圧に変わったら安全ですか?
    10. Q10. 洞爺丸事故のあと、何が変わりましたか?
  10. あわせて読みたい:台風と風の記事

洞爺丸台風とは?いつ・どこを通り、被害はどれくらいだったか

洞爺丸台風は、1954年(昭和29年)9月26日に鹿児島県に上陸し、その日のうちに日本海を北上して北海道を襲った台風第15号です。函館港を出た青函連絡船「洞爺丸」が転覆し、日本の海難事故として最悪級の犠牲を出したことから、この名前が付けられました。基本データは次のとおりです。

項目内容
正式な名前昭和29年(1954年)台風第15号。気象庁が「洞爺丸台風」と命名
発生9月21日、ヤップ島の北
上陸9月26日2時ごろ、鹿児島湾から大隅半島北部
進路中国地方を時速100kmで横断 → 8時ごろ山陰沖から日本海 → 発達しながら北海道の西へ
最盛期26日21時、956hPa、寿都(すっつ)沖
北海道北部27日0時過ぎに稚内市付近
人的被害死者1,361名、行方不明者400名、負傷者1,601名
住家被害全壊8,396棟、半壊21,771棟、床上浸水17,569棟、床下浸水85,964棟
青函連絡船5隻が遭難。洞爺丸の乗員乗客1,139名が死亡(気象庁の資料)
大火岩内町で3,300戸が焼失
表:洞爺丸台風の基本データ。出典:気象庁「災害をもたらした気象事例 洞爺丸台風」(被害の数値は消防白書による)

犠牲の多くは北海道(青函連絡船と岩内大火)に集中しましたが、暴風は九州から北海道までの各地で観測されています。ここからは、進路と各地の観測記録を順に見ていきます。上陸・通過・接近の言葉の違いが気になる人は上陸・通過・接近の定義もどうぞ。

進路タイムラプス:洞爺丸台風はどこを通った?

まずは台風の動きを地図で追ってみてください。スライダーは気象庁の位置表の6時間ごとの時刻(9月25日3時〜27日9時)に対応しています。「再生」を押すと、九州から北海道まで一気に駆け上がる様子と、北海道の西で急に歩みが遅くなる様子がよくわかります。最初は26日21時(最盛期)のコマを表示していますが、「再生」を押すと25日3時から順に動きます。

洞爺丸台風の進路タイムラプス(1954年9月25日03時〜27日09時)
スライダーを動かすか「再生」を押すと、気象庁の位置表(6時間ごと)にもとづく台風の中心の位置と、中心気圧・直前6時間の移動速度・函館からの距離が変わります。
赤い丸=その時刻の台風の中心、灰色の線=全体の経路(9月23日〜28日)、赤い線=そこまでの経路。距離と速度は位置表の緯度・経度から大円距離で計算したもので、実際の中心はこの間を曲がりながら進んでいます。

26日15時のコマと21時のコマを見比べてください。26日未明から15時までは6時間ごとに430〜630kmも進んでいたのに、15時から21時は約220kmしか進んでいません。しかもこの6時間で、中心気圧は960hPaから956hPaへ下がっています。速度が落ちたのに、勢力はむしろ強まっていたのです。函館から見ると、最も強い状態の台風が西の海上に長くとどまったことになります。台風の風が右側(進行方向の東側)で強まりやすい理由は台風の右側が危険なのはなぜ?で詳しく解説していますが、函館はまさにこの「右側」に入り続けていました。

地点を選ぶと洞爺丸台風のときの記録がわかる

次は、あなたの街の気象台(当時の測候所を含む)でそのとき何が観測されていたかを調べてみましょう。気象庁の観測表には全国130地点の最低海面気圧・最大風速・最大瞬間風速が載っています。地点を選ぶと、全国での順位と、気圧が最も下がった時刻に台風の中心がどこにいたかを表示します。最初は函館を表示しています。

地点を選ぶと洞爺丸台風のときの記録がわかる(全国130地点)
都道府県と地点を選ぶと、1954年9月の洞爺丸台風で観測された最低海面気圧・最大風速・最大瞬間風速と、全国での順位、そのとき台風の中心がどこにいたかを表示します。
全国ランキング 上位10地点
順位は同じ値を同順位として数えています。最大瞬間風速は記録のある126地点、そのほかは130地点での順位。台風の中心の位置は、気象庁の位置表(6時間ごと)を時刻で直線補間した目安です。風の説明は気象庁「風の強さと吹き方」の表(平均風速)にもとづきます。

函館を選ぶと、気圧が最も下がったのは26日18時55分(980.0hPa)と出ます。洞爺丸が函館港を出航したとされる18時39分の、わずか16分後です。最大風速は25.8m/s(南)で130地点中30位、最大瞬間風速は41.3m/s(南)で126地点中14位でした。数字だけを見ると室蘭や寿都のほうがずっと強いのですが、函館では南からの強い風が湾の外から吹きつけ、港の外は高波になっていたと考えられます。今の風速の感覚と照らし合わせたい人は風速の目安もどうぞ。

図解:なぜ日本海で発達し、なぜ函館の風が長引いたのか

台風は、暖かい海から蒸発する水蒸気をエネルギーにしています。ふつうは日本付近まで北上すると海面水温が下がり、陸地にもかかって、だんだん弱まっていきます。ところが洞爺丸台風は、日本海に出てからも中心気圧が下がり続けました。これには、大きく3つの段階があったと考えられています。

① 偏西風に乗って一気に加速(26日未明〜昼) 上空の偏西風(強い西風) 北上して偏西風の流れに入ると、 台風は背中を押されるように加速。 09→15時:約633km(約105km/h) ② 日本海で寒気と暖気の境にからみ、再び発達 北西側:大陸からの冷たい空気 南東側:台風が運ぶ暖かく湿った空気 温度差の大きい境目(前線) 境目の温度差もエネルギー源になり、 温帯低気圧の性質を帯びながら 発達を続けたと考えられています。 中心気圧 964→960→956hPa (26日09時→15時→21時) ③ 北海道の西で減速 → 函館の暴風が長引く 956hPa 函館 南寄りの暴風 15→21時は6時間で約220km (約37km/h)に減速。 最も強い状態の台風が函館の 約115〜200km西〜北西にとどまり、 強い南寄りの風が夜まで続きました。
図:洞爺丸台風が「日本海で発達し、北海道の西で足踏みした」流れの模式図(位置表の数値を使った筆者作成のイメージ。気象の仕組みは単純化しています)

①加速の段階。台風は太平洋高気圧の縁を回るように北上し、上空の偏西風の流れに入ると、流れに押されるように急に速くなります。洞爺丸台風は26日の昼に時速100kmを超えました。雨は、気象庁のまとめでは九州・中国地方で200mmを超えた所がありました。速く通り過ぎたぶん、西日本では1か所で暴風が続いた時間は北海道より短かったとみられます。

②再発達の段階。秋の日本海付近は、大陸から南下してくる冷たい空気と、台風が運んでくる暖かく湿った空気がぶつかりやすい場所です。台風がこの境目(前線)にからむと、温度差そのものがエネルギー源になり、温帯低気圧の性質を帯びながら発達することがあります。洞爺丸台風の中心気圧は、26日9時の964hPaから15時960hPa、21時956hPaへと下がりました。台風が温帯低気圧に変わる仕組みと危険性は台風が温帯低気圧に変わったら安心?にまとめています。

③減速の段階。北海道の西まで来たところで台風の歩みは急に遅くなり、15時から21時までの6時間は時速約37kmでした。最も強い状態の低気圧が北海道のすぐ西にとどまったことで、渡島半島や後志地方では強い南〜南西の風が長く吹き続けたと考えられます。台風の風向きがどう変わるかは台風の風向変化の法則で解説していますが、中心の東側にあたる函館では、南寄りの風が夜まで続いたことが観測表の風向(最大風速・最大瞬間風速とも「南」)からも読み取れます。

データ検証:位置表と観測表から計算する

6時間ごとの位置・中心気圧・速度

気象庁の位置表から、6時間ごとの移動距離を地球を球として大円距離で計算しました。なお位置表は9月18日3時(北緯10.6度)から始まっていますが、気象庁の解説では台風第15号の発生は9月21日(ヤップ島の北)とされていて、位置表の前半は熱帯低気圧の段階を含むとみられます。ここでは日本に近づいた25日3時以降を載せます。

日時(日本時間)北緯東経中心気圧直前6時間の移動距離速度函館からの距離
25日03時23.4度123.3度975hPa約159km約26km/h約2609km
25日09時24.8度124.0度975hPa約171km約29km/h約2441km
25日15時26.6度125.7度975hPa約263km約44km/h約2179km
25日21時28.9度128.3度970hPa約362km約60km/h約1823km
26日03時32.0度131.0度966hPa約431km約72km/h約1392km
26日09時36.5度134.5度964hPa約595km約99km/h約800km
26日15時41.1度138.8度960hPa約633km約105km/h約181km
26日21時42.9度139.9度956hPa約220km約37km/h約139km
27日03時45.0度141.9度958hPa約283km約47km/h約366km
27日09時49.0度145.0度960hPa約503km約84km/h約864km
表1:洞爺丸台風の6時間ごとの位置・中心気圧・移動速度(1954年9月25日03時〜27日09時)。出典:気象庁「災害をもたらした気象事例 洞爺丸台風」位置表。距離と速度は位置表の緯度・経度から大円距離で筆者計算

一番速かったのは26日9時→15時の約633km(時速約105km)で、気象庁の解説にある「中国地方を時速100kmで横断」とよく合います。26日3時→27日3時の24時間で進んだ距離は約1,730km。鹿児島から稚内までの直線距離(約1,820km)に近い距離を、ほぼ1日で走り抜けたことになります。上陸(26日2時ごろ)から稚内市付近(27日0時過ぎ)までは約22時間でした。

一方で、函館からの距離の列を見ると、15時に約181km、21時に約139kmと、6時間たってもほとんど遠ざかっていません。位置表を1時間ごとに直線で補間すると、中心が函館に最も近づいたのは18〜19時ごろ(約115km)で、函館から200km以内にあったのは15時ごろから23時ごろまでの約8時間でした。補間は目安です。気象庁の観測表には函館の1時間ごとの風速は載っていないため、「暴風が長引いた」ことは、この中心の位置と、函館の最大風速・最大瞬間風速がどちらも南風だったことからの推定です。それでも、「足踏み」がどれだけ函館にとって不利だったかがわかります。

最大瞬間風速のランキング

観測表の最大瞬間風速を大きい順に並べました。全130地点のうち、最大瞬間風速の記録があるのは126地点です。

順位地点都道府県最大瞬間風速風向日最大風速(10分間平均)
1位室蘭北海道55.0m/s南26日37.2m/s(南)
2位宿毛高知県54.8m/s南26日35.7m/s(南南東)
3位寿都北海道53.2m/s南西26日42.0m/s(南南東)
4位屋久島鹿児島県51.0m/s西南西26日33.2m/s(西南西)
5位清水高知県47.7m/s南南東26日27.8m/s(南)
6位留萌北海道45.8m/s南西27日35.2m/s(南西)
6位宇和島愛媛県45.8m/s南南東26日27.7m/s(南南東)
8位倶知安北海道45.4m/s南南西27日34.1m/s(南南西)
9位西郷島根県43.9m/s北西26日22.6m/s(北西)
10位雄武北海道43.8m/s南西27日32.0m/s(南西)
11位江差北海道43.7m/s南西26日36.1m/s(西南西)
12位秋田秋田県42.7m/s南西26日30.7m/s(南西)
13位宮崎宮崎県42.6m/s南東26日31.3m/s(南東)
14位函館北海道41.3m/s南26日25.8m/s(南)
15位浜田島根県40.3m/s北北西26日22.0m/s(北北西)
15位高知高知県40.3m/s南南西26日25.1m/s(南東)
表2:洞爺丸台風のときの最大瞬間風速 上位(全130地点のうち最大瞬間風速の記録がある126地点。15位は同値で2地点)。出典:気象庁「災害をもたらした気象事例 洞爺丸台風」最大瞬間風速観測表から筆者集計

上位15位(同値を含む16地点)のうち、北海道が7地点(室蘭・寿都・留萌・倶知安・雄武・江差・函館)を占めています。30m/s以上は68地点、40m/s以上は16地点、50m/s以上は4地点でした。10分間平均の最大風速で見ても、30m/s以上は15地点あり、そのうち8地点が北海道です。最大風速の1位は寿都の42.0m/s(南南東)で、130地点の中で唯一40m/sを超えました。気象庁が「西日本や東北、北海道の各地で30m/s以上の暴風」と書いているのは、こうした記録のことです。今の観測記録と比べたい人は歴代 最大瞬間風速ランキングと歴代 最大風速ランキングも見てみてください。

北海道20地点の記録

地点最低海面気圧起時最大風速最大瞬間風速
稚内962.3hPa27日3時29分23.9m/s(北)28.8m/s(北)
北見枝幸963.4hPa27日3時22分24.5m/s(南西)30.2m/s(南西)
旭川973.4hPa26日23時35分19.4m/s(南南西)—
留萌967.0hPa26日23時22分35.2m/s(南西)45.8m/s(南西)
羽幌967.6hPa27日0時43分26.1m/s(南南西)35.4m/s(南)
札幌972.1hPa26日23時36分18.8m/s(南南東)32.9m/s(南)
岩見沢976.3hPa26日22時40分31.4m/s(南南西)39.6m/s(南南西)
倶知安969.7hPa26日(時刻の記載なし)34.1m/s(南南西)45.4m/s(南南西)
小樽966.3hPa26日22時08分27.9m/s(南西)37.2m/s(南西)
寿都958.9hPa26日20時31分42.0m/s(南南東)53.2m/s(南西)
網走971.6hPa27日1時34分19.9m/s(南)28.7m/s(南)
雄武969.4hPa27日3時21分32.0m/s(南西)43.8m/s(南西)
釧路986.0hPa26日20時32分18.4m/s(南南西)—
根室987.6hPa27日2時03分23.1m/s(南西)29.2m/s(南西)
帯広982.5hPa26日23時08分14.2m/s(西)21.3m/s(西)
室蘭970.3hPa26日20時05分37.2m/s(南)55.0m/s(南)
苫小牧977.7hPa26日22時12分31.8m/s(南)37.8m/s(南)
浦河985.8hPa26日18時38分28.2m/s(西)31.2m/s(西)
函館980.0hPa26日18時55分25.8m/s(南)41.3m/s(南)
江差974.1hPa26日19時20分36.1m/s(西南西)43.7m/s(南西)
表3:北海道20地点の記録(1954年9月26〜27日)。「—」は記録なし。出典:気象庁「災害をもたらした気象事例 洞爺丸台風」観測表

最低海面気圧が最も低かったのは寿都の958.9hPa(26日20時31分)で、130地点の中でも1位です。位置表の最盛期(21時、956hPa、寿都沖)とほぼ同じ時刻で、中心が寿都のすぐ近くを通ったことを裏付けています。2位は稚内の962.3hPa(27日3時29分)、3位は北見枝幸の963.4hPaで、上位3地点はすべて北海道でした。130地点のうち970hPaを下回ったのは19地点です。北海道の気候の特徴は北海道の気候データにまとめています。

気圧が最も下がった時刻は南西から北東へ

各地点の最低気圧の起時を並べると、台風の通過が南西から北東へ一気に進んだ様子がわかります。

地点最低海面気圧起時
石垣島976.5hPa25日8時08分
名瀬978.2hPa25日21時36分
屋久島968.1hPa26日0時39分
鹿児島971.4hPa26日2時06分
宮崎967.7hPa26日2時45分
福岡984.4hPa26日3時50分
広島970.0hPa26日6時15分
岡山973.3hPa26日7時22分
鳥取966.1hPa26日8時15分
金沢976.9hPa26日10時11分
新潟982.3hPa26日12時15分
秋田981.6hPa26日14時40分
青森980.9hPa26日15時51分
函館980.0hPa26日18時55分
寿都958.9hPa26日20時31分
小樽966.3hPa26日22時08分
札幌972.1hPa26日23時36分
稚内962.3hPa27日3時29分
表4:主な地点で気圧が最も下がった時刻(南西から北東の順)。出典:気象庁「災害をもたらした気象事例 洞爺丸台風」最低海面気圧観測表

石垣島(25日8時8分)から稚内(27日3時29分)まで、約43時間です。とくに26日の朝から夕方にかけては、鳥取8時15分→金沢10時11分→新潟12時15分→秋田14時40分→青森15時51分と、2時間ほどで次の県へ移っていきました。本州の日本海側では、2時間ほどで200km以上離れた次の地点へ移っていたことになります。それが北海道では、寿都20時31分→小樽22時08分→札幌23時36分と、約80km・約30kmしか離れていない地点どうしでも1時間半ずつかかっています。地点ごとに台風の中心からの距離は違うので目安ですが、ここでも「北海道の西で遅くなった」ことが観測から読み取れます。

サイト内のツールで北海道の台風を調べる

洞爺丸台風のように北海道まで強い勢力のまま来る台風は、それほど多くはありません。北海道に来る台風は今どれくらいあるのか、月別の接近数は次のツールで確かめられます。

地方別の台風の接近数は、次の表で比べられます。北海道地方と沖縄・九州などとの差が一目でわかります。

順位地方合計(1951〜2025年)年平均平年値
1沖縄553個7.4個7.7個
2伊豆・小笠原401個5.3個5.4個
3奄美300個4.0個4.3個
4九州南部279個3.7個3.9個
5九州北部257個3.4個3.8個
6東海248個3.3個3.5個
7四国244個3.3個3.3個
8関東甲信238個3.2個3.3個
9近畿235個3.1個3.4個
10中国213個2.8個3個
11東北192個2.6個2.7個
12北陸186個2.5個2.8個
13北海道119個1.6個1.9個
地方別の台風接近数(気象庁・75年間)

北海道に台風がめったに上陸しない理由と、これまでに上陸した台風については北海道に台風が来ないのはなぜ?上陸した7個の台風で解説しています。「上陸」「通過」「接近」の言葉の違いは上陸・通過・接近の定義をどうぞ。過去の台風の進路と勢力は台風データベースで調べられます。

洞爺丸事故はなぜ起きた?その夜の時系列と教訓

時刻(1954年9月26〜27日)できごと根拠
26日17時ごろ函館で風が弱まり、晴れ間が出る(「台風の目」と誤認されたとされる)事故の記録
18時39分洞爺丸が函館港を出航事故の記録
18時55分函館で気圧が最も下がる(980.0hPa)気象庁 観測表
19時札幌管区気象台の発表位置は「寿都西方50km」(実際に達したのは21時ごろ)事故の記録
19時01分港外で錨を下ろし、天候の回復を待つ事故の記録
20時31分寿都で気圧が最も下がる(958.9hPa、全国130地点で最低)気象庁 観測表
21時台風が最盛期(956hPa、寿都沖)気象庁 位置表
22時26分頃錨ごと流され、七重浜の沖で座礁事故の記録
22時39分SOSを発信事故の記録
22時43〜45分頃転覆事故の記録
27日0時過ぎ台風の中心が稚内市付近に達する気象庁 概要
表:洞爺丸事故の夜の時系列。出典:気象庁「災害をもたらした気象事例 洞爺丸台風」(概要・位置表・観測表)、国鉄青函連絡船の事故記録(Wikipedia『洞爺丸事故』などにまとめられた記録)

「台風の目」と誤認された晴れ間

記録によると、26日17時ごろの函館では風が弱まり、雲の切れ間から晴れ間がのぞいたとされます。これが「台風の目が通った」と受け止められたことが、洞爺丸が18時39分に函館港を出航する判断につながったとされます。しかし実際には台風の目ではなく、一時的な小康だったと考えられています。位置表では、17時ごろの台風の中心は北緯41.7度・東経139.2度付近(補間)で、函館の西約130kmの日本海上です。台風の目は函館の上には来ていませんでした。

また、19時に札幌管区気象台が発表した台風の位置「寿都西方50km」に、実際に中心が達したのは21時ごろだったとされます。台風が予想より遅くなり、発達しながら居座ったことが、判断を難しくしました。1954年は気象レーダーの配備が始まる前後の時代で、今のように気象衛星の画像で台風の雲を見ることもできず、海上の観測網も乏しかったとされます。いまなら、気象衛星画像で雲の渦の中心がどこにあるかを誰でも確かめられます。

記録では、洞爺丸は19時01分に港外で錨を下ろして天候の回復を待ちましたが、南寄りの暴風と高波で錨ごと流され、船尾の車両甲板から入った海水で機関が止まりました。22時26分頃に七重浜の沖で座礁、22時39分にSOSを発信し、22時43〜45分頃に転覆したとされます。乗船者1,314人のうち死亡・行方不明1,155人とする記録もあり、気象庁の資料(死者1,139名)とは数字が異なります。資料によって集計の時点や範囲が違うためと考えられますので、この記事では両方を示しておきます。1,314人・1,155人の記録に従うと、助かったのは約160人でした。

5隻の青函連絡船

この夜、遭難した青函連絡船は洞爺丸だけではありません。記録によると、第十一青函丸、北見丸、日高丸、十勝丸も函館付近で沈没し、5隻合わせた犠牲者は1,430人とされます。貨物船も含め、港の外で待機していた船が次々に同じ南寄りの暴風と高波にさらされました。1隻の判断だけの問題ではなく、「風が長時間衰えない状況」そのものが大きな危険だったことがわかります。

岩内大火:強風の中の火災

同じ26日、北海道の日本海側にある岩内町では大火が発生し、3,300戸が焼失しました(気象庁の資料)。近くの観測所の記録を見ると、寿都で最大瞬間風速53.2m/s(南西、26日)、倶知安で45.4m/s(南南西、27日)と、南西寄りの非常に強い風が吹いていました。山を越えて吹き下りる乾いた風(フェーン気味の風)が火の勢いを強めたとも言われます。台風というと雨や高潮に目が行きがちですが、強風のときの火の扱いも防災上の大事なポイントです。

その後:青函トンネルと「気象庁が名付けた台風」

洞爺丸事故は、本州と北海道を海底トンネルで結ぶ青函トンネルの構想を具体化させるきっかけになりました。天候に左右されずに津軽海峡を渡れるようにする、という発想です。今では新幹線が海峡の下を走っていますが、それでも強風で在来線や航空機が止まることはあります(飛行機・新幹線・電車は風速何mで止まる?)。

「洞爺丸台風」という名前は、気象庁が大きな災害をもたらした台風に付けた名前です。伊勢湾台風などと同じように、番号ではなく名前で呼ばれる台風は多くありません。名前の付け方の決まりは台風の番号や名前はどうやって決まる?で紹介しています。昭和に大きな被害を出した台風の比較は昭和の三大台風(室戸・枕崎・伊勢湾)、上陸時の強さの比較は上陸時の中心気圧が低い台風ランキングもどうぞ。

今の防災に生かす4つのポイント

  • 「風がやんだ」は台風の目とは限らない。一時的な小康や前線の通過で風が弱まることがあります。本当に目が通ったなら、そのあと反対向きの強い風(吹き返し)が来ます。気象庁の台風情報で中心の位置を確かめ、警報が解除されるまでは外に出ないようにしましょう。晴れた=終わり、とは限らない点は台風一過とは?でも触れています。
  • 日本海を北上する台風は「温帯低気圧になっても危険」。洞爺丸台風は日本海で発達を続け、北海道の西で最も強くなりました。温帯低気圧の性質を帯びると風の強い範囲が広がることもあります。
  • 速い台風が急に遅くなると、強風が長引く。進路予想で台風の速度が落ちる地点の近くでは、暴風の時間が長くなります。進路予想の見方は台風の進路予想はどれが当たる?を参考にしてください。
  • 自分の街の「過去の災害」を知っておく。同じような進路の台風は、また来る可能性があります。市区町村別 災害履歴データベースやハザードマップの見方で、住んでいる地域の弱点を確かめておきましょう。

9月は一年でいちばん台風が日本に近づきやすい時期で、洞爺丸台風のように偏西風に乗って速く北上する台風も増えます(台風はなぜ9月に多い?)。いま沖縄に近づいている台風26号の最新の進路は台風26号(スリゲ)の進路 最新、これから発生しそうな熱帯低気圧は台風のたまご 最新で確認できます。今日の全国の風と気圧は今日、日本一風が強かった場所と今日の気圧の変化で見られます。

函館に旅行する予定の人は、秋の函館の天気も確かめておきましょう。函館9月の服装と天気、通年の傾向は函館の天気と服装(月別ガイド)にあります。過去の9月26日にどんな天気だったかは9月26日の天気(過去の同じ日)、特定の日の記録は過去の天気を調べるから探せます。台風の多かった年の比較は台風の当たり年ランキングをどうぞ。

よくある質問(FAQ)

Q1. 洞爺丸台風とはどんな台風ですか?

1954年(昭和29年)の台風第15号です。9月26日に鹿児島県に上陸し、九州・中国地方を横断して日本海へ進み、発達しながら北海道の西を北上しました。函館港を出た青函連絡船「洞爺丸」が遭難したことから、気象庁が「洞爺丸台風」と名付けました。死者1,361名、行方不明者400名(消防白書)という大きな災害になりました。

Q2. 洞爺丸事故はいつ起きましたか?

1954年9月26日の夜です。記録によると、洞爺丸は18時39分に函館港を出航し、19時01分に港外で錨を下ろしましたが、22時26分頃に座礁、22時43〜45分頃に転覆したとされます。

Q3. 洞爺丸事故では何人が亡くなりましたか?

気象庁の資料では、洞爺丸の乗員乗客1,139名が死亡したとされています。事故の記録をまとめた資料では、乗船者1,314人のうち死亡・行方不明1,155人とするものもあり、資料によって数字が異なります。同じ夜に遭難した5隻の青函連絡船の犠牲者は、合わせて1,430人とされます。

Q4. なぜ「台風の目」と間違えられたのですか?

17時ごろの函館で風が弱まり、晴れ間が出たため、台風の目が通ったと受け止められたとされます。実際には台風の目ではなく一時的な小康だったと考えられていて、台風の中心はまだ日本海上にありました。気象庁の位置表では、17時ごろの中心は函館の西約130km、21時には寿都沖(最盛期956hPa)で、函館の西〜北西100km余りを北上していました。

Q5. 洞爺丸はなぜ沈んだのですか?

事故の記録によると、洞爺丸は19時01分に港外で錨を下ろして天候の回復を待ちましたが、南寄りの暴風と高波で錨ごと流されました。船尾の車両甲板から海水が入って機関が止まり、22時26分頃に七重浜の沖で座礁、22時43〜45分頃に転覆したとされます。背景には、最も強い状態の台風が北海道の西で減速し、函館付近の暴風と高波が夜遅くまで続いたことがあります。

Q6. 洞爺丸事故の生存者は何人ですか?

乗船者1,314人のうち死亡・行方不明1,155人とする記録に従うと、助かったのは約160人です。気象庁の資料では洞爺丸の死者は1,139名とされていて、資料によって数字が異なります。

Q7. 洞爺丸台風の最大瞬間風速はどのくらいでしたか?

気象庁の観測表では、最大瞬間風速は室蘭の55.0m/sが最大で、宿毛54.8m/s、寿都53.2m/s、屋久島51.0m/sと続きます。最大瞬間風速の記録がある126地点のうち、30m/s以上は68地点、40m/s以上は16地点でした。函館は41.3m/s(南)です。

Q8. なぜ日本海で発達したのですか?

偏西風に乗って日本海を北上するうちに、北の冷たい空気と南の暖かく湿った空気の境目(前線)にからみ、温帯低気圧の性質を帯びながら再び発達したと考えられています。中心気圧は26日9時の964hPaから21時の956hPaまで下がり続けました。

Q9. 台風が温帯低気圧に変わったら安全ですか?

安全とは限りません。洞爺丸台風のように、日本海を北上しながら温帯低気圧の性質を帯びて再発達し、風の強い範囲が広がることがあります。「温帯低気圧に変わった」という情報が出ても、暴風や高波の警報が続いているうちは警戒を続けてください。

Q10. 洞爺丸事故のあと、何が変わりましたか?

本州と北海道を海底トンネルで結ぶ青函トンネルの構想が具体化するきっかけになりました。また、洞爺丸台風は伊勢湾台風などと同じく、大きな災害をもたらしたことから気象庁が名前を付けた台風の一つとして、今も防災の教訓として語り継がれています。

まとめ
  • 洞爺丸台風(1954年台風第15号)は、26日2時ごろ鹿児島県に上陸し、約22時間で稚内付近まで縦断した。26日9→15時は時速約105km。
  • 日本海で発達を続け、北海道の西で減速。15→21時は時速約37kmで、中心気圧は956hPa(21時・寿都沖)まで下がった。
  • そのため函館では南寄りの暴風が長く続いた。中心は約8時間、函館から200km以内にあった。函館の最大瞬間風速は41.3m/s。
  • 全国でも暴風。最大瞬間風速は室蘭55.0m/sが最大で、30m/s以上は68地点、40m/s以上は16地点。
  • 「風がやんだ=目が通った」とは限らない。警報が解除されるまで油断しないことが、72年前から変わらない教訓。

出典:気象庁「災害をもたらした気象事例 洞爺丸台風 昭和29年(1954年)9月24日〜9月27日」(概要、位置表、最低海面気圧・最大風速・最大瞬間風速観測表)、消防白書(被害の数値、気象庁ページ経由)、気象庁「風の強さと吹き方」、国鉄青函連絡船の事故記録(Wikipedia『洞爺丸事故』などにまとめられた記録)。移動距離・速度・順位・補間位置の計算は筆者。

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